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チャンス

そう滅多にないチャンスをどういかすかその人の問題です。。要はその人の能力ということでしょう。能力に平等はありません。だから、それをいかすか、殺すかです。それに対してただ、縁起が加わるだけですうので、かわいそうと思っても、人それぞれの業によってです。

躾がよければ慈悲等がありますが、でも、それをどういかすかは、人それぞれの能力です。心か社会に反映するかの問題です。でも、多くは、そのひとの心の思いであって、果たして、それが社会に適応すうるかはちがいます。それさえもわからずそれを現実であらわあそうとするところに無理があります。無知もいいところです。

 

神道ができなければ仏教も無理です。そこを、きずくかどうかです。だから、あまり言えないこともあります。自分で気づくかどうかです。ひとからきくのではなく、じぶんです。宗教は本来そうであるものですが、便乗で広まっているから等、自分のいいわけで、結局は自分もそのような人たちと同じことをしているわけです。

自分で考えられないので、果たして、と言うことです。仕事の能力も同じです。そのような人たちは必ずどこかで、行き止まります。そのときに気づくこともあれば、そのまま違う形でやっていくかのどちらかです。その人たちのカルマでしょう。

 

だから、行き詰まるのです。気遣いではなく。もともと、能力はないと言うことです。