受け取り方

昨日お茶を買いに行きました。が、何だか変な対応で気分悪く買わないで帰ってきてしまいしました。其れも、調合してもらえますかと聞いているのに、自分で入れる時に混ぜるとか、これを全部入れると味が変わってしまいますなどまた、同じ事を2度言われ、もうすでに、イライラとしてしまい、買わないで帰ってきてしまいました。

 

そして、お風呂の中に入りながら、体のことを考えていると、やはり、体操からでないと、風(プラーナ)はコントロールできないのでなと思いました。ナーディありすぎでおかしくなっているのに、また、それを意識的にコントロールしているので、体に無理が生じているのは事実です。なのに、それにもまして、更に、ナーディで癒そうなんて、おかしくなって当然です。(究竟のことかな)。

 

それから、やって、其の後の体の状態を知ることにより、対処伽変わりますので、それを一つずつクリアしていくことのより、元の体の状態に戻ります。また、現実ではそれにも対応していること、例えば、逆縁にするなど(喧嘩)してますので、もどるころには、すべて、丸く終わるという事です。ここで一つ肝心なことは、今があるという事です。それをいかに生かすかという事により、現在・過去・未来の条件になります。

 

さらに、言うと、戻ると、性欲がなくなっちゃうとなど、考えるのはナンセンスです。こればっかりは、人生を一生懸命生きてきた人でないと、わからない考えかな。

要は勉強と同じです。勉強している状態ってわかりますよね。だからと言って性欲がなくなるわけではなく、それにとらわれなくなるようになると、今度は男に興味というより、女に興味(恋愛など)になくなると、前者のような考えになる人もいますが、それは間違っています。それはその人の欠陥であって、普通は、恋愛に興味がなくても、男にはね?という感じです。それは元々、ニヒリズムであって、お・ま?それか、同・愛?そのようなことを風潮している人もいますが、やはり、それ以上になるには、現実で、そして、見栄かな。自分もというプライドでおかしくなっている人が多いです。特に中堅はね。大手なら自然とわかりますが、多くは、そこを突かれおかしく道を外します。ましてや、が・ぐろと言われている人たちは、じゃあどうして、なんて、その体の状態にケチをつけます。生理的に説明してほしいみたいで。何だか外国人みたいです。じゃあ、これは、これは、なんて、その都度説明ですか?

 

ましてや、最近、空気でまだ、やっているんだなんて、クスクスと笑っています。それを分解すると、レズと同じ二十構造での表現ですが、何だかいろいろと言って、クスクスと笑っています。あの女、あの子(これは表現を変えて、いっているだけですが)前者です。

また、煩悩もそうです。煩悩がなくなれば、よくなるとはならずに、ぶらぶらしている、働かなくてもよい、など生活保護の生活を肯定する、西洋文化の教えのとらえ方です。

そうそうこの間いました。ギザが言っていました。使う用語を場所によってかえます。本来ならこっちが、1なのに、2を

使わせる感じで。