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明智君。

先週黒田官米衛を見ました。明智光秀が信長を倒しましたが、それぞれが思いを持って行ったのかなと思いました。平安の世の中を作るために信長は嫌われていた人もいました。しかし、ついていた人も多かったです。もし、今の時代信長が生きていたら、きっとどうなっていたでしょうか?

 

でも、信長の時代がなければ、徳川の時代もなかったともいます。すべては必須条件であります。なくてはならないものです。運命とは怖いですね。密教もそうです。テゥモをすることにより、潜在意識を出し、自分の修業をするという事です。よって、その対処の仕方を自分でしていかなくてはならないのに、自分で考えず、人に聞いたりするという事は、前生からの意識(心相続)が悪いという事です。新道でも、時間がかかれば、自分で導かれるように、道が開けていきます。其れさえも、なくなって当然です。その邪魔をされないように、西洋文化の教えは入ってくるかもしれませんので、これは気を付けないと自分で考える暇もなく、教えられてしまう事もあります。今の時代の人はかわいそうですね。だから、そういう意味でのゆとりがないと思います。

 

新道の教えなら、わかります。ただし、自分との対話の場合は、ちょっと難しいかもしれません。人それぞれによって変わりますが、私の自己との対話では、仏教の内容でした。時として、心の中で、いっていること、イコールそれは、縁起というんだよという事もあります。其れからは楽に変わることもできます。(心の中での会話)

 

どんなにやさしくても、智慧や教養がなければ、あんな事やっちゃってとなります。やはり、教養はとても大切だと思います。勉強も同じです。だから、今放送大学で勉強をする人が多くなっているのは事実です。以前私もそうしようと思いました。

常に脳は使ってないと、しわが減るといいます。これはまずいです。ちなみに、99年ごろから、とあるところで、殺人を犯した集団がありました。その人が、数字パズルをやっていたこと思いだします。この人たちも数字パズルをやるのかなと思いましたが、頭をそのころから鍛えていたのだと思います。

 

自分はそれ以前から、秘書の勉強のしなおしでした。商業法規もあり、勉強しようとしたところ、間違ってすててしまったことを覚えています。とっておけばと思います。

 

そのころから密教伽流行っていたので、自分の為と思い、勉強してみると、まあ、大変。敬語もわからない状態でした。朱に交われば、赤となる。黒く染まりませんように、とかつての学生時代の人が言ってました。どうとらえるかは、人それぞれ、わかりませんが、悪くならないようにうというのと、人はそれぞれ、個性を持っても、悪く鳴らないように、気を付けて精進していくという事だと思いました。慣れるのは簡単ですが、よくも悪くもすべて自分です。悪く染まったら、自分が苦しみ、抜け出すので、大変な苦労、苦しみます。それは、自分が選んだ事ですので、自分で戦っていかないと、結局は自分に戻ってきます。

 

間違った三身の限界だったのかもしれません。でも、西洋文化ではなかったのです。なぜなら、武士道でしたから。要は、現実での行いという事でしょう。三身って、難しいですね。そして、明智君の娘さんがいたそうで、やはり、仲間外れになってしまったそうですが、付き人がまあ、西洋文化の信者だったそうで、導かれたそうです。可哀想でも、その縁起。怖いですね。そして、その人はくりすoooになったそうです。本来なら、平気なことでも、どのような人がいるかで、すべてが変わっていきます。エネルギーも感化されます。これは、仏教、新道の教えですが。今は果たして、?

自然に変わっていきます。要は、元々タマスの人は平気でも、サットヴァの人だと、愚鈍になったり、やる気がなくなってきたり、それぞれのカルマが出てきます。