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恋人。

恋人とはと聞いて、なんと思いますか?私は何だかあまり恋愛経験がないので、よくわかりません。しかし、私の理想としては、そうですね。学生時代は全く付き合っていなかったので、大人になってからですか?お互いがフォローできるような、昔のお付き合いのほうが私としては向いているような気がします。男性は仕事で、女性は家の仕事をこなすという形でしょうか?それこそ、自分というものがしっかりと持っていないとできないような気がします。これは、いつの時代になっても変わらないような気がします。それが理想であるか、自分が手に入れるかの違いだと思います。

 

要は、心の在り方、精神性でありますので、自分というものを磨くということでしょうか?最近は見えないところで、語ることが好きな人が多いので、現実という言葉を発しないとわからない人も少なくはないそうです。が本来これは、気の合う仲間で語ることだと思います。同じ意識の仲間で語る楽しさは人一倍だと思います。

見えないところで語るという怖さもあります。それはその人がそれまで悟っているかという事です。でないと心相続と言って、前生からの意識が良ければ、そのような考えが自分で時間がたてば、悟れるはずです。しかし、その時に、静養文化の教えが入ってこなければいいと思います。よって、テストがなくなっちゃうという事にもなりかねません。自分で考えることによって、その人の才能や、能力が開花され、どり力という言葉が生まれるのではないでしょうか?精進ですね。

 

ここまで来ると、お題とかなりかけ外れているような気がしますが、そのような気持ちで毎日を過ごしていけば、いい人に出会えるのではないでしょうか?自分を磨くという事で、生活の質が変わると思います。ただ、目的が違うだけでありますが、私は、そのような気持ちを忘れずに、感謝を持って、行けば、もっと周りのことに目を配ることができるのではないかと思います。それは、先に才能開くかもしれませんが、また、仕事ができるという事になります。要は、どんな努力の仕方もあるかもしれません。ただやれば、いいという事ではないので。これは、勉強をした人を見ているとわかります。仕事は自分でするものですので、勉強という形を見ていると、ただ勉強していても、受験には受かりません。質と、量かな。今のゆとりの仕方では、つめこみ時代の受験の質とは違う気がします。だから、うつ病や、精神的な病が多くなるのではないでしょうか?もう少し、情報の選択に対する能力を高めないと、すべて、人のせい、世の中のせいになりかねません。結局は自分です。忘れた。適性も。

 

そして、今テレビを見ています。煩悩も同じなのかな。と思いました。煩悩というより、生活の質?お金の使い方もあります。どんなに、見かけ(ナーディ)が良くても、生活の在り方で変わります。どんなふうに生活してきたかによってもまた変わったりするのかな、ということです。というより、病気になりかねないかなとも思いました。

おじさんがやはり、ガンでなくなりました。その人は、仕事中に足を片方なくし、生活していましたが、家にいたせいか、早い時は昼すぎからお酒を飲んでいました。そんな生活が私が小学生からつづいていました。が中学生の頃になくなりました。やはり、そのような生活をしていくという事は、よくないと思いました。しかし、葛藤があったのかと思うと、可哀想だと思いました。見守るという事は大変だなと思いました。もし、そのような状態でお酒を飲みすぎなかったら、病気にはならなかったかもしれません。そう考えると、何だかむなしくなります。智慧のある人や頭がいい人がいいですね。