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続、密教だけど。

今まで

話してきたことの中でまだ忘れていることがありました。それは五仏のことですが、これは一人のブッタが五仏を持っていることで、様々な人の中にあるわけではありません。

また三身のことですが、(また見えない世界のこと)法身、報身、応身になりますが、これは福徳と知恵と培うことにより、備わることですので、いつの間にかという感じであります。様々な役割をになっています。

また一人の人が修行をしたとしてもこの場合は密教ですが、それは現実でのテゥモの在り方でアーラヤ識、マナ識のためそれぞれで修業することはありません。全ては現実です。全てそれぞれが個々に修行が始まるわけではありません。ですから、人それぞれの能力によって、修行の進み具合は違います。

 

以上今まで言ってきたことの言い忘れたことです。今まで私は色々なことを思いました。今思いだせることは、平家のことです。テレビですが、やはり戦いに勝てなかったのはこういうところがあるからかなと思います。まずは女性のことです。平清盛の最初の妻がやはり人のことばかり願うところです。神社でも、人のことばかりでした。そして、次にとっさに咳込んでいる人を助けたために、自分も不治の病にかかり、命を落としてしまうことです。やはり人を助けるということはどういうことか、よく知らないといけないと思いました。

 

そして次にその女性らしき人が現れましたが、やはり、男の人は女性で決まるものかなと思いました。それから、清盛は有名になりますが、きっとどんな女性と付き合うかによって、また人生は変わっていくのかなと思いました。その最初の女性は今で言うと、その時は不治の病でなくなりましたが、今は医療が発達しています。それをいいかえると、残るは、短命しかありません。

密教でいうと、きっと縁のない人を引き上げることによって、自分の命をすり減らしているとしかいえません。または短命か。

ですから、自分を大切にと同時に、密教での掟を破ることないようにしませんと、いつの間にか、破壊をし、業が悪くなってたりもしますので、気をつけませんと大変なことになります。何をやってもいいことなくなります。私も以前凄い変な人を友人に持ったため、振り回されました。親からは、その人とあると、疲れて帰ってくる。と言われ、注意されました。また礼儀がないなどと言われましたが、その人は、一人暮らしでよくしゃっべってきました。夜中によく電話があったので、それで言われましたが、私もかわいそうだからといって、話していました。

 

そういう意味で、経験していますので、良縁が良縁を呼ぶ事をしないといけません。誰かが代わりにやったとしても、それは、間違っていますし、その人の業になりかねます。それは修行とは言えません。ならば、その人もその張本人とすればいいのです。業でも、サットヴェの人のほうが上です。さらに徳のことも含めたら、凄いことになります密教父母尊ですので、う~ん。考えたくない。